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064 スツール/ズガベッロ

 先週は晴天で気温もそこそこの穏やかな日々が続き、ミモザの花の蕾が膨らんでいるのを見て、もう春も近い、とウキウキしていたのですが、今週に入ってまた厳しい寒さが戻ってきました。

でも、やっとで事務所にも暖房が入ったので、何とかやっていけそうです。

さて、今回は事務所に置くスツールを夢見て、リサーチをしてみました。
イタリア語ではスツールのことをズガベッロ (sgabello) といいます。

まずはイタリアンデザインの巨匠、カスティリオーニ兄弟のものから。


メッツァードロ (Mezzadro) / Achile, Pier Giacomo Castiglioni / Zanotta (1957)
農業用のトラクターのシートを再利用したもの。



セッラ (Sella) / Achile, Pier Giacomo Castiglioni / Zanotta (1957)
自転車のサドルを利用したもの。
昔の壁に固定されていた電話を利用するときのための椅子としてデザインされたもので、座面が71センチと高くなっています。



同じくザノッタから出ているマックス・ビルのスツール。


ズガビッロ (Sgabillo) / Max Bill / Zanotta (1950)

バウハウスで学びウルム造形大学の初期学長となったマックス・ビルが学生のためにデザインしたスツール、と一般的にされていますが、どうやら1950年にイタリアの家具メーカー、ザノッタ (Zanotta) のためにデザインしたのものが元になっているようです。

大学のためにウルマー・ホッカー (ulmer hocker) の名で1954年デザインとなってるいるものは、現在ヴィトラ・デザイン・ミュージアムから復刻されています。
ザノッタのものと比べると安い分、廉価版という感じがしないでもないですが(下の画像を参照)、よく言えば北欧らしく、そう悪くないと思います。


違う高さで座れるよう、横置きにしても使えるようになっています。



同じくザノッタから出ている、ブルーノ・ムナーリのスツールと椅子の中間のようなものは、見た目が衝撃的です。


5000 singer / Bruno Munari / Zanotta (1945)
『最短の訪問の為の椅子』と説明されています。


Stool 60 / Alva Aalto / Artek (1933)
フィンランドの建築家、アルヴァ・アアルトのデザインしたスツール。
4本足のStool E60と、その子供用のstool NE60があり、個人的には子供用のもの(下の画像参照)のプロポーションが好きです。












日本が誇るデザイナー、柳宋理のバタフライスツール。
天童木工より販売されています。
形は好きですが、このスツールは存在感がありすぎて、究極的にミニマルな空間に置く、とかでないとちょっと難しいかもしれません。





木素材のスツール、と限定するならば、無印良品のものも悪くないと思います。


オーク無垢材ベンチ
『中国で古くから使われてきた伝統的な形状のベンチで、コンパクトなサイズと汎用性の高さが特徴です。』 とのことです。サイズは2種類。


ヨーロッパの無印良品では、オーク材のシンプルなスツールが販売されています。




15世紀のデンマークで靴職人の椅子として普及した、シューメーカー・スツール。
Wernerというところが出しているそうですが、道具として使われていく中で完成したものなので、特定のデザイナーは居ないようです。
おしりにフィットするような形に座面が作られていているそうで、たしかに見てるだけで座ってみたくなるような・・・。


PK91 / Poul Kiaerholmlm / Fritz Hansen (1961)
デンマークのデザイナー、ポール・ケアホルムの折りたたみ式スツール。
画像はリプロダクトのものだけど、オリジナルのFritz Hansenが出しているものは、2738ユーロ (30万ちょっと)。高いけどかっこいいなー・・・。


同じくFritz Hansenからアルネ・ヤコブセンのドットスツール。




DOT
/ Arne Jacobsen / Fritz Hansen (1970)
何の変哲のないデザインに見えますが発表当時は、画期的だったのかも・・・?



もっと遊び心を表現したかったら、フィリップ・スタルク (Philippe Starck) のLa Bohèmeもいいかもしれません。


白い空間には映えると思います。

もしくは、Gnomiで、ピクニック気分。



それとも、いっそPonyはどうでしょうか。

Pony / Eero Aarnio / ADELTA (1973)
もう何年も前のカーサ・ブルータスでも紹介されてましたが、これを会議室用の椅子として使っている会社があるとか何とか。



探せばまだまだ出てきそうですが、今回はこの辺でやめておきます。

なんだかんだ言って、本当に買うとなったら無難なアルヴァ・アールトあたりに落ち着くような気がします。


みなさんも、何かお勧めのスツールがあったらぜひ教えてください。























063 カルロ・スカルパ 01

先週末は、ルッカ (Lucca) の街で毎月第3の週末に行われるアンティーク市へ行ってきました。

今回はお土産にでも何か買おうと思っていたのですが、めぼしいものは見つからず、古書でもなんでもない、50%引きになっていた建築関係の本を買いました。

本だと、ある程度の値段でも買ってしまうのですが、アンティーク市だとつい躊躇してしまって難しいですね。


さて今回は、前回の予告どおりボローニャにあるカルロ・スカルパ (Carlo Scarpa) 設計の店について軽くレポートします。


この店舗はボローニャのドゥオーモから徒歩数分のアルタベッラ通り (Via Altabella) にあります。
お店の名前はガヴィーナ (Gavina)、子供の玩具を扱っています。


ファサード。


このどことなく中国的な、二つの円が重なったようなデザインは、彼の設計したヴェローナ銀行やブリオン・ヴェガの墓でも見ることができます。

この店舗が設計されたのが1961−63年で、ブリオン・ヴェガが1969−78、銀行が1973−82だから先にこの店舗にこのモチーフが使われたことになります。

この二つの円が重なるモチーフは、対比するもの、男と女、静と動、天国と地獄などを表しているそうです。

でも、よく見るとこの店舗では正円ではなく楕円なんですよね。
何か別の意味があるのでしょうか・・・。


右側の円窓。


部分拡大。ガラスの留め金にも2つの円のモチーフが使われています。



入り口。


部分拡大。


折りたたみ式の扉。


中から外をみたところ。


他の部屋に通じる扉?


おそらく、柱と収納を一体化させたもの。
例のモチーフ状の穴が貫通しています。


部分拡大。ここにも!


一角のみ壁がタイルのモザイクでデコレーションされていました。


カルロ・スカルパの建築って、一見取っ付きにくいのですが、よく見ると細部まで奇麗にデザインされていて遊びもあるので、実物を目の前にすると、まるで遺跡の中を探検しているかのようにワクワクしてきます。

この店舗は内装ですが、北イタリアのトレヴィゾにある、ブリオン・ヴェガの墓では全て0から作られているので、さらに素晴らしい空間を体験することができます。

交通の便の悪いところにありますが、機会があれば行ってみると良いですよ。





 
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062 ボローニャ

先週の金曜日に、事務所のミーティングルーム用の椅子を購入しに、ボローニャ (Bologna) へ行ってきました。


フィレンツェからボローニャまで高速道路に乗って、北へ約1時間半強。

当日のフィレンツェの気温は14度、高速道路がアペニン山脈にさしかかる頃には零度近くまで下がり、ボローニャに着いても3、4度とそのまま上がらず。

距離は近いもののアペニン山脈以北はもう北イタリアだということを実感しました。


さて、ボローニャ郊外の工業地帯にある倉庫のようなところで椅子を購入したあと、街の散策をしてきました。


ボローニャと言えばポルティコ (portico) と呼ばれる『屋根つき柱廊』が有名で、雨の日でも濡れずに街を散策できることができます。

ということを話としては知っていましたし、実際自分の目でも見てはいたのですが、今回、街の旧城壁の外部にある病院の駐車場から中心部に向かうマッツィーニ通り (Via Mazzini) の500メートル近く途切れることなく続いているポルティコを見て、感嘆しました。






中心部に入る前に一旦ポルティコは分断されるものの、まだまだ続き・・・


サンタ・マリア・デイ・セルヴィ (Santa Maria dei Servi) 教会の脇を通り、


教会の前で柱廊が回廊になったりします。





途中で、いくつかの中世の木製のポルティコを目撃しつつ、第一の目的地へ到着。



ヴェネツィア出身の巨匠カルロ・スカルパ (Carlo Scarpa) のデザインした店舗。
詳しい内容は次回レポートしようと思います。



ボローニャには実は運河もあります。

これは、モリーネ運河 (Canale delle Moline)。
直訳すると水車小屋の運河で、その名の通り水車小屋の水車を動かす為に使われていたようです。


ちなみに上の写真は、『ピエッラ通りの窓』 (finestra di via Piella) と呼ばれる、この壁に開いた四角い窓から撮ったものです。

夏には運河をゴムボートで巡るツアーが行われたりするそうです。



ボローニャには塔の街でもあり、最盛期には180のもの塔が立ちならんでいたそうですが、現存する塔の数は20近くまで減ってしまっています。


ガリセンダの塔(左)とアジネッリの塔(右)。(Garisenda, Asinelli)
ピサの斜塔に負けないくらいの傾き具合。


プレンディパルテの塔 (Torre Prendiparte)。

この高さ60メートルある12世紀の塔、なんと現在はB&Bになっていて宿泊することができます。
部屋はスイートのみで一泊300ユーロから。

一般開放される日もあるようなので、12の階がどのように使われているのか一度は見てみたいものです。



第2の目的地であった無印良品に行ったあと、ふらっと入ったメディア・センターが凄かったです。



正式名称はサーラボルサ図書館 (Biblioteca Salaborsa)。2001年オープン。
建築的には特筆すべきことはないのですが、大きな吹き抜けの周りに設けられた、多目的に自由に出入りできる、ヨーロッパ的(!)な環境が素晴らしいです。

さすが、大学都市ボローニャ、生活の質が高い街として選ばれる理由がわかります。

盆地で土地が限られているフィレンツェと違って、周囲を広大な平野に囲まれたボローニャにはスケールの大きい空間が多くて、うらやましい限りです。


図書館の中には展示スペースもあって、磯崎新の新しいボローニャ駅のプロジェクトも展示されていました。


何だか伊東豊雄風だし、正直言ってこのプロジェクトってどうなの?と思います。

京都駅くらいの破壊力がありそうです・・・。

この穴とか特産品のモルタデッラ(ピスタチオ入り)でもイメージしてるのかな、と思ったりも。



書きたいことがありすぎて、支離滅裂になってしまいましたが、今回はこの辺で。
街中で撮った写真をいくつか紹介して終わりにしようと思います。



ボローニャには赤いものが多いです。
バスもシャッター代わりの窓の外のカーテンも赤ワイン色。



ボローニャは国際絵本見本市でも有名で、興味深い子供の為の本屋もいくつか見つけました。


街の中心でも生活の匂いで溢れています。


肉屋も沢山。
折角だから、モルダデッラを買ってくればよかった、と今更ながら後悔。




すっかりボローニャが気にいってしまったので、今後頻繁に話に出てくるかもしれません。

とりあえずは、街と郊外の丘の上にある『聖ルカの聖母の聖域』 (santuario della Madonna di San Luca) を結ぶ世界最長のポルティコをもう少し暖かくなってから歩いてみたいです。












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061 謹賀新年


新年あけましておめでとうございます。


フィレンツェでの3度目の年越しは、中心部にある自宅でのんびりと過ごしました。

クリスマス前後に食べ過ぎたので、年越しのディナーはちょっと抑えて、縁起かつぎの年越しそばと、レンズ豆をトマトソースで軽く煮込んだもの(形がコイン状なので食べるとお金が入ってくるとイタリアでは言われている)で済ませました。


生憎の雨だった去年とは違って今年は晴れ、気温もそう低くなく、そうなると俄然街中にも人が増え、年越しの爆竹や花火の音は戦争かと思われるほど凄いものでした。

年末に毎年のように非合法もしくは中国からの密輸入の爆竹や花火の取締りが行われるのですが、今回の年越しでの負傷者は500人超え。

フィレンツェでも爆弾かと思われるような音がたまに響いていおり、救急車のサイレンも頻繁に鳴り響いていたので納得できる数字です。

昔は祝砲を撃ったり窓から皿やら家具やらを投げすてていた、年越しの大騒ぎの本場ナポリでは、未回収のゴミの山が燃えたりもしたようです。



日本の静寂に包まれたお正月が懐かしいです。

賑やかな年越しもそう悪くはないのですが、新年は去りゆく年の反省をしつつ静粛に迎えたいなと、思います。






さて、今年からコメント欄を実験的にオープンにしてみようと思います。
遠慮なくコメントを書き込んでいただければと思います。


この一年がみなさんにとって実り多き年でありますように。

今年もよろしくお願い致します。




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060 ピサ+チッパーフィールド

今年も残すところわずか2日となり、日本では大掃除やらお正月の準備やらで大忙しのことと思います。

今年は祝日であるクリスマスの25日、聖ステファノの26日、そして元旦が見事に週末と重なっており、しかもナポリのゴミ問題や教育改革、ベルルスコーニ政権危機などで政局が混乱していたり、大雪が降ったりでクリスマスの静謐な空気に浸りそこねた気がします。

大掃除も年末ではなく復活祭の前にするものなので、クリスマスが過ぎた今では、すでに通常モードに戻りつつあります。


さて、先々週末にイギリス人建築家、デイヴィッド・チッパーフィールド (David Chipperfield) の展示に行ってきました。

会場はピサの中心部から少し離れたアルノ川沿いのメディチ家のアルセナーレ(造船所)





上部にメディチ家の紋章が見られます。


部分拡大。
雨どいになっていて、雨が降ると口から水が吐き出されるようです。



展示風景はこんな感じで、かなり大き目の模型が所狭しと並んでいます。
本物の大理石を使ったものもあったりして、建築が専門ではなくても楽しめる展示になっていると思います。


チッパーフィールドの建築物はバルセロナの裁判所を見たことがあり、あとはミラノにある建築事務所をミラノ・サローネの際に訪れたことがあるぐらいで、1991年に京都のトヨタ・オートのビルを建設しているということを今回初めて知りました。
当然ながらその頃と比べると大分スタイルが変わっているようですが。


さて、なぜこの建築展がピサで開かれているのかと言うと、2007年に行われたピサのドゥオーモ広場に面した病院跡地の再開発計画のコンペティションで優勝し、そしてその後ピサの『持続可能な再開発計画』(PIUSS)の仕事も得ているので、それをピサ市民に広報するための展示だと思われます。


久しぶりに一人の建築家のみに焦点を当てた建築展を見て、いい刺激となりました。

展示は来年の1月16日まで開かれているので、ピサを訪れる機会のある人はぜひ行ってみてください。




それではみなさん、よいお年を!




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059 雪のフィレンツェ

先週の金曜日、フィレンツェは数十年に一度という大雪に見舞われました。

初めに粉雪が舞い始めてから積もりだすまでがあっという間で、降雪への下準備が出来ていなかったフィレンツェでは、公共交通機関から一般道路まで雪に足止めをされた車両で麻痺してしまいました。


事務所の窓から、降り始めの様子。


サンティッシマ・アンヌンツィアータ広場。


デイ・セルヴィ通りからすでに白くなり始めたドゥオーモのクーポラを眺める。


ドゥオーモ広場。
職場を早退して帰路に着く人々と雪の風景を眺めに外に出た人で溢れかえっていました。


ポンテ・ヴェッキオ橋。


シニョーリア広場。ここらへんで、いよいよ本降り。


この後、一旦帰宅し、電車でヴィアレッジョの町へ行く予定だったのですが・・・
大雪のため多くの電車は運休、もしくは2時間以上の遅れが出ていたので、ヴィアレッジョ行きは延期することにしました。

この日の大雪の影響で数千人もの人がフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅で足止めをくらい、駅の脇にあるバッソ要塞で一夜を過ごしたとのことです。

それでも、それはまだマシな方で、電車や高速で動けなくなった自家用車の中で一晩過ごした人々もいたようです。



20時頃になると雪はほぼ止みました。
いつもの像が白い帽子とストールをつけていて全く別人のようです。




雪のせいで倉庫まで移動させることができず、そのままに放置されたサン・ロレンツォの屋台。


フィレンツェの外を環状に走る道路が麻痺してしまったせいか、街の中から自家用車からバス、パトカーに至るまで、完全にあらゆる自動車が消えていました。


夜の零時をまわったくらい。
雪に覆われたフィレンツェの街を見るためか、沢山の人が出歩いていました。



10年ぶりくらいに作った雪だるま。
・・・5分後には心ない若者のグループに破壊されてしまいました・・・。


このあと、サンタ・クローチェ広場で50人くらいの規模の雪合戦が繰り広げられている、という日本ではありえないであろう風景にでくわしました。



こんなに沢山の雪が降ったのに、フィレンツェの街中はすっかり元通りで、少しだけがっかりしています。

せめてクリスマスまでもって欲しかったな。





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058 フィレンツェのクリスマス・イルミネーション

今年は夏が8月末に突然終わってからずっと天気が悪く、早々と冬に突入してしまった気がします。
週末は大抵天気が悪く、たまに天気が良い日に限って仕事で室内にこもりっきりという感じでした。

先週末は久しぶりに晴れたので、クリスマスのイルミネーションの鑑賞がてらカメラを片手にフィレンツェの町を散歩してみました。


ドゥオーモ脇のクリスマスツリー。
去年まではなくて、広場が歩行者天国化されたからこそツリーも置けるようになったんですよね。
ツリーの赤い部分はフィレンツェの象徴のユリの紋章の形をしています。


家の前の通り。


店舗のイルミネーションの中ではここが一番目立っていたかな。


ストロッツィ宮の前を通る、フィレンツェのブランド通りの筒型のイルミネーション。


流れ星風のLEDのイルミネーション。
この青い色は目は引くけど、ちょっと寒々しい気がします。


カーテン型。


この絨毯状のイルミネーションが個人的には一番好きです。


ここにもユリの紋章が・・・!


シンプルだけど、沢山連なってるとそう悪くない。


・・・提灯かな?


ヴェッキオ宮殿の左脇にある、ビアンコーネと呼ばれるネプチューンの噴水もクリスマスモードなのか、下部分だけ微妙に緑色に。
同じ広場にあるロッジャ・ディ・ランツィ (Loggia di Lanzi) は微妙に赤くなっていました。


サン・ロレンツォ教会の脇に投影されていた天使。


今年のイルミネーションは例年よりも早く始まったし、ドゥオーモ広場のクリスマスツリーがあるせいか随分と華やかな気がしてたのですが、実際周って見てみるとそうでもないようです。


サンタ・クローチェ広場ではドイツのクリスマス市なるものが開かれているのですが、毎年同じ店が同じものを売っていて、しかもドイツともクリスマスとも関係ないようなものが売られていて、残念なことになってました。


余談)
本日12月14日に首相不信任案の投票があったのですが、3票差で否決、ベルルスコーニは危機を逃れました。
その結果ローマでデモをしていた若者達が暴徒化し、大変なことになっていました。
(右の矢印をクリック 

個人的には若者達を応援したい気持ちでいっぱいです。







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057 レオポルド水道・続

 以前紹介したレオポルド水道のチステルノーネとチステルニーノ(029の記事を参照)の中に入る機会に恵まれたので、今回はその様子をお伝えしようと重います。

まずはリヴォルノの街中にあるチステルノーネから。


入ってすぐの半円状のホール。
奥の壁が正面の壁です。


上の写真の手前の壁面。
弧を描いた壁に一定間隔にアーチが設けられていて、その内の3つが他の部屋への出入り口になっています。


半クーポラの天井の装飾が収束する部分のデザインが印象的です。



浄水槽のある空間はクーポラと柱の立ち並ぶイスラムチックな、宗教的な空間でした。

この日は生憎どんよりとした曇り空だったのですが、天気の良い日に訪れると光の水面による反射ですごい奇麗だそうです。
でも、この薄暗さも雰囲気があってそう悪くないと思います。


浄水槽の淵を一周する通路。


浄水過程の最終段階の箇所。
ここだけクーポラに天窓が設けられていて、これはもういかにも教会といった感じです。


水深は一番深いところで確か4,5メートルあるそうです。

5年に一度水槽の掃除をする為に水を抜くそうですが、この内部スペースは構造も塗装も湿度に負けることなくオリジナルのままとのことです。



淨水槽の上の階。
このドーム群はクーポラを上から見たものです。


天窓のあった上にはさらに天窓が設けられています。


天窓のないその他のクーポラの中心部には穴があいていて、上の写真のような装飾のある蓋がされています。



外から見える半分に切られたクーポラの下はちょっとしたテラスのようになっています。
建設同時のここからの眺めはどうだったのだろうかと思ってみたり。
(リヴォルノは第2次世界大戦時の空爆で莫大な被害を受けているのです)


次は、ここから車で15分くらいの郊外にあるチステルニーノへ。


ここは現在機能してないので、水は抜かれています。


上の写真の右側から見たところ。
一部分だけ象徴的に水が残されています。
奥に向かって段階的に水が浄化されていくようになっていたそうです。


天井部分。
チステルノーネと同じくクーポラの中心部には装飾付の蓋がされていたのですが、近年あった工事の際に照明が埋め込まれています。

この近年あった工事、というのがEUの補助金による修復兼メディアセンターとしての再利用の為の改築だったのですが、消防法や安全性の問題から許可が下りず、全く使われることのない状態が続いているという、残念なことになっているそうです。

内部を見学するのにもアポイントを取る必要があり、その際のみ扉が開かれます。



それにしても、イタリアの歴史的建造物の修復って大抵EUの補助金や寄付金によって賄われている気がします。

つい最近、ナポリのポンペイ遺跡のメンテナンス状況のひどさとか、コロッセオからスポンサーがおりてしまって更なる修復の資金繰りに困っているとかいうニュースが流れていましたが、イタリアの税金は一体どこに消えてしまっているのだろうと遺憾に思います。

イタリアに来たばかりの頃は、イタリアは税金が高いくせにインフラが遅れているのは歴史的な建造物や美術品が多くてその修復にお金が掛かるからだと思っていたんですけどね・・・。

そもそも、人口が日本の半分なのにイタリアの国会議員数900人って時点で何か間違っていると思います。

・・・イタリアの政治に関しては話したいことが沢山あるのですが、キリがないのでやめておきます。




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056 フィレンツェ現代建築案内01


先日、日本から来た同業者の方にお会いする機会があったのですが、その際フィレンツェで見るべき現代建築は何か、という質問を受けました。

フィレンツェは世界遺産の街であり、時間はルネッサンス時代に止まったまま。
当然ながら答えに窮してしまい、それでもいくつかの新しい建築物を記憶の片隅からひねりだし、なんとか返事をした訳ですが、またそういう質問をうける機会がないわけでもないので、ちょっと調べてリストアップしてみました。


1. ノヴォリ地区
Via Alessandro Guidoni

フィアットの工場跡の広大な敷地の再開発計画。
フィレンツェ大学の新キャンパスと店舗、集合住宅が混在しています。

フィレンツェの空港から近く、中心部へ向かう際に必ず通る道の右手にあります。


その建築群の脇には公園と、70年代に設計され2000年に入ってから工事が始まったといういわくつきの新裁判所があります。


(author:freepenguin@wikipedia)

明らかに70年・80年代の様式で現代建築とは言えないかもしれません・・・。
面積80万平方メートル、一番高い部分で高さ72メートルと無駄に大きいです。



その右手にはジョルジョ・グラッシ (Giorgio Grassi) の設計によるフィレンツェ貯蓄銀行 (Cassa si risparmio di Firenze) の新本部。
下の画像は工事中のものですが、実際は完成済みです。


(author:freepenguin@wikipedia)


2. パルマに拠点を置くフィレンツェ大学教授のパオロ・ゼルマーニ (Paolo Zermani) の『窓の家』(Casa della finestra)
Piazza Tasso

修道院跡を公営住宅+展示スペースに改築したもの。



3. ムラーテの修道院跡 (Ex-Monastero dell Murate) の再開発計画。
Via dell'Agnolo / Via Ghibellina

1400年代に建設された修道院跡を、公営住宅とアートの為のスペースに改築したもの。
元々は修道院だったのですが、1883年から1985年にかけては刑務所として利用されていたので、頑丈な独房の扉が残っていたり。
プロジェクト自体は市役所の建築家によって進められたのですが、ガイドラインはレンゾ・ピアノ (Renzo Piano) によるもののようです。







4.フィレンツェ大学学生寮
via Maragliano


(author:Sailko@wikipedia)

5.建築事務所アルケア (Studio Archea) による集合住宅、
via Panciatichi 51, Rifredi

宿泊施設を改築したもので、日本の分譲マンションのようは売り出し方をしていて面白いです。
Le logge di Firenze
サイトに掲載されている図面をみる限り、改築の仕方がちょっと強引な感じもします。




6.建築事務所イポストゥーディオ (Ipostudio) によるカレッジ病院の新エントランス。
昨日病院に行く機会がありまして、そこで初めてこのプロジェクトの存在を知りました。
後日写真を掲載しようと思います。




他には頓挫してしまった(?)磯崎新のウッフィッイ美術館入り口とか、ジャン・ヌーベルのホテル兼レジデンスとか、これから建てられるはずのノーマン・フォスターの駅とかもあったりします。




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055 ナポリのゴミ問題

今回はイタリアの時事問題に関して。

今から3年前にナポリでゴミ収拾が滞り、街中がごみに埋もれて問題になった件が記憶に新しいですが、ここ数ヶ月で以前よりも悪化した状態で再発しています。

テレビや新聞などでその様子を見て驚かされるのが、全てのゴミが全く分類されずに(紙ごみでさえも)捨てられているということ、そしてそのゴミの山に人々がゴミを捨て続け、だれも自分達で解決しようとせずにイタリア政府を批判だけしていること、です。

イタリアでは基本的にゴミ焼却場は環境によくないとされているようで、全く分別されずにそのまま埋め立てられたゴミ埋立地の周辺では案の定、土壌汚染や悪臭が問題に。

今回のナポリのゴミ問題でも埋立地の周辺地域で、奇形のレモンができたり、ブドウ畑が実をなさなかったとかで、地域住民が抗議として埋立地までの道を占領し、警察と衝突している映像を何度も見ました。


さて、今回のナポリのゴミ問題のひとつが分類回収がされていない事であるのは明らかですが、ではイタリアの他の街ではどうなのか、ということを書いてみようと思います。


ミラノでは、大抵のアパートに中庭が存在していて、そこにゴミを収集する為の容器が設置されていて、いつでも好きな時に捨てることが出来ます。

毎朝のゴミ収集の時間になると、アパートの管理人がその容器を外に出し、ごみ収集車がそれを回収していくというシステムになっています。

分別の仕方もきちんと定義されていて、分別しないで捨てると管理人から抗議されるし、同じアパートの住人の目もあるので、ミラノでは分別回収は機能していると言えます。


今住んでいるフィレンツェの歴史的地区の家では、ごみは毎日19時半から20時半の間に家の前に捨てることになっています。分類は紙/ビン・カン・プラスチック/その他のゴミの3種類のみ。

僕の家の前の通りはオープンテラスのある飲食店が並んでいるので、ゴミが収拾されるまでの間はゴミに囲まれながら飲食することになり、衛生面は問題ないのだろうかといつも心配になります。

8月いっぱい過ごしたヴェネツェアでも同じようなシステムのようでした。


フィレンツェの歴史的地区外では、一定間隔ごとに路上に置かれているカッソネットと呼ばれる大きな容器に常時捨てることができます。

分類は同じく3種類ですが、”その他のゴミ”が実際は”分類されていないゴミ”とされていて、ということはどんなものでも捨てることができます・・・。



トスカーナの海沿いの町ヴィアレッジョでも、ゴミはカッソネットに直接捨てられます。

分別は、紙・ビン・カン・プラスチック・そしてその他の分類されていないゴミの4種類。

ただ、カッソネット周辺に分類されずに打ち捨てられたゴミを見かけることもあり、その犯人は環境意識の低いお年寄りが大半のようです。

こういうのを見ると、日本の町内会というシステムとかゴミゼロ運動とかの教育は必要なものなんだな、とあらためて思ったりします。



ルールは破るためにあるような国ですが、今回のゴミ問題に関してはそうも言っておられず、早急にその場凌ぎではない対応がされることを願っています。



ちなみに、バルセロナのカッソネットはこんな感じ↓でした。






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