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084 聖ルカの聖母の聖地

日曜日に友人がフランスからボローニャへと休暇で来ていたので、電車に乗って会いに行ってきました。

どこか行きたい所ある?
と聞かれたので、迷わず062の記事の最後で少し書いた 『聖ルカの聖母の聖地』 (il santuario della modonna di San Luca) を挙げ、行くことに。


そこまでは延々と続くポルティコを歩いて行く事になるので、とりあえず腹ごなしの為にレストランへ。

観光地ではないボローニャの町で日曜にレストランを見つけるのは意外に大変で、結局友人が昨晩食べたという本屋に併設されたEatalyというお店で食べたのですが、このお店、日本にも数店舗あるようで、ちょっとびっくり。
でも確かに代官山とかにあってもおかしくないような内装&料理でした。




この本屋とレストランが入っている建物は3つの建物の壁をぶち抜いて空間をつくったらしく、教会の壁の一部が残されていたり、となかなか興味深い空間でした。






シースルーのエスカレーター。

前にも書きましたが、こういうスケールの大きいスペースはフィレンツェではありえないよなあ、とため息をつかざるをえませんでした。


聖域へのポルティコは、街の南西にある中世の門、サラゴッツァ門 (Porta Saragozza) から始まります。



ここからずーっと3,796km続くポルティコがある訳です。



ポルティコのアーチには番号が振られていて、全部で666のアーチがあるとのことです。
666という『悪魔の数字』と同じ数を選んだ理由はなんでしょうね?


いざ!


ここらへんはまだ楽勝です。


横道からポルティコを見たところ。


ずーっと歩いていくと、奥に階段らしきものが。





メロンチェッロの門(Arco del meloncello)
道路の反対側に渡る橋になっています。


ここからがいよいよ本番です。
この坂を見ただけで、ちょっとゲンナリ・・・。




ジョギングをしてる人や、


自転車を抱えて運んでいる人もあり。


アーチ毎に修復のための出資者の名前が記されていました。


約1時間後半後についた目的地。
正直いって教会自体はそう大したことないかな。


景色は最高。

実はこの日のボローニャは最高気温が41度まであがったそうなのですが、ずっとポルティコの影の下を歩いていたのでそこまで気温が高いとか思いもしませんでした。

友人といろいろ話しをしながら散歩、の楽しい日曜日の午後を過ごせました。






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083 フィレンツェでのちょっとした非日常

 連日のあまりの暑さに日中はなるべく外出を避けようとしているため、ちょっとネタ切れ気味です・・・。

が、ひとつの記事としては書くほどではないけれど色々なちょっとしたことを目撃したりはしているので、今回はそれらの写真を掲載してみようと思います。



先月末の月食の日のポンテ・ヴェッキオ。
断りきれなかったディナーのせいでピークは見逃してしまいました。


別の日の夜(たしか夜0時過ぎ)にポンテ・ヴェッキオの真ん中で涼んで居た時の写真。
正面左に座っている男の人が両手を広げて見えない誰かと語っていました。
何が見えたんだろう・・・。


6月24日のフィレンツェの守護聖人の日の花火。
花火はミケランジェロ広場から打ち上げられています。
イタリア統一150周年ということで例年よりも豪華だったのですが、微風のため煙で花火が覆われることも多々。


その前日の夜に行われていた宗教行列。
様々な団体の、多種多様な衣装が見ていて楽しかったです。



フィレンツェの北のほうにある公園のガウディ風の彫刻。


詳細。



最近改築されたフィレンツェ大学の事務局。
奥にある窓からはアルノ川が見えます。


縞模様の棒状のものはただの飾りのようです。
斜めに設置されたパネルの裏には電気やら配線やらのゴチャゴチャが隠されています。



フィレンツェの歴史的中心部では最近さらに歩行者天国の範囲が増えたのですが、
その影響か最近こんな自転車で配達をしているのを見かけるようになりました。
この運送会社は以前は電気自動車を利用していました。


後ろから。

この自転車の後ろにあるのが、最近導入された埋め込み式のゴミ捨て場で、ゴミ回収の時にはこんな感じになっています↓



フィレンツェは今の市長の働きで良くも悪くも着々と変化していっています。

9年前に初めてフィレンツェに訪れたときの、『汚い・・・』という印象から程遠くなっている気がします。




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082 モンテルーポの陶器市

日本ではここ数日猛暑となっているようですが、いかがお過ごしでしょうか?

イタリアでも連日のように猛暑となっていて、寝不足ぎみになっております。

一般的に、イタリアの夏は湿度が低いので、同じ気温で比較した際日本よりも格段に過ごしやすいのですが、フィレンツェは盆地で常に湿度のある街なのでそこそこ蒸し暑いのです。


さて、先週末はフィレンツェから電車で20分くらい行ったところにあるモンテルーポ (Montelupo) という町で開催されていた陶器市へと行って来ました。

暑い昼間を避けて日が沈みかけてから出かけたのですが、トスカーナ州レベルでの電車のストライキをやっていて本数が少なく、結局現地に着いたのは20時半を過ぎたころでした。

モンテルーポはアルノ川沿いからなだらかな丘の上にかけて発展した町で、
陶器とガラスの生産で有名な町です。


街中に設置された高さ2メートルはある巨大な壷。


町中にある陶器博物館が無料で開放されていたので、ひやかしに覗いてみたら、エット−レ・ソットサスやマルコ・ザニーニなどの作品もあり、意外と楽しめました。



Ettore Sottosas


Marco Zanini


Aldo Londi




このふたつの作品もよかったのですが、デザイナー名を失念してしまいました。



美術館から外にでるとさすがに暗くなり始め、見物客でにぎわいはじめていました。



正直あまりよい陶器は見つからなかったのですが、このスタンドのものはちょっと面白かったです。


木やブリキの容器が陶器で忠実に再現されています。



このモンテルーポの陶器市で一番面白かったのが、ガラスの制作パフォーマンスでした。
もう年金生活をしていると思われる年齢のシニョーレ達が冗談を言いあいながら、次から次へと作品を制作していく様子は30分近くずっと見ていても飽きませんでした。





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081 トロンプ・ルイユ 5

夏至も過ぎ、ここフィレンツェではいよいよ夏本番。

海沿いの町に行くと海風もあってそうでもないのですが、川の流れる盆地であるフィレンツェは湿度もそこそこあり、過ごし安いとは言いがたい日々が続いています。


さて、『トロンプ・ルイユ 2』の回で紹介した中の扉のひとつが開いている状態の時に偶然通りかかって撮影してみたので紹介します。



前面道路駐車禁止の標識があったので、ガレージでもあるのかと思い込んでいましたが、意外なことに扉の開き幅分のスペースの後ろにはまた壁。


その扉の後ろの狭いスペースには床がなく、カンティーナと呼ばれる地下室への穴が開いていました。
しかし、直接降りれるように階段が設けられている訳ではなく、上部に設置されているクレーンのようなもので地下室からの物の出し入れ等ができるようになっているみたいです。




ついでにまたちょっと溜まっていたトロンプ・ルイユの画像を紹介します。


Via Nazario Sauro, Viareggio
改築中の新しい建物で、ガスのボイラーが奇麗に隠されていました。



Via Niccolò Machiavelli, Viareggio



Via Leonardo da Vinci, Viareggio



Via Giovanni Pascoli, Viareggio



Via Panzani, Firenze
装飾の柱部分が扉に。



Via de Conti, Firenze



Via San Gallo, Firenze



以下の3つは、ルッカの街のPalazzo Realeでの展示の時に見つけた隠し扉のようなもの。









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080 国民投票

先日の6月13日(日)、14日(月)と二日にかけてイタリアではレフェレンドゥム (Referundum) と呼ばれる国民投票が行われました。

水道の私有化に関する2項目と、原子力発電所の再開、そして首相や官僚の在任中の非出頭権についての4項目に関して行われたのですが、危惧されていた投票率は何とかどの項目も50パーセントを超え(約55%)、そのうち反対票はどれも約95%、結果はどの法律も否決、という喜ばしいものなりました。

(ちなみに、このイタリアの国民投票、一定数以上の署名が集まれば行われ、投票率が半数を越えれば国民投票として成立し、そして半数以上を占めた票が国民の意見として採決されるというシステムのようです。)


日本でも『原子力発電所の再開』という項目に関してかなりの関心が寄せられたようですが、イタリアでは福島の原発事故を受けて通る可能性の低かったこの項目以上に、非出頭権に関しての項目が注目されていたように思われます。

というのも、2週間前の市長選の与党の敗北があり、今回の国民投票でも敗北すれば今の政権が危うくなるのは必至、そしてベルルコーニ自身の裁判もいい加減執り行われることになるであろうと考えられていたからです。

実際、今回の国民投票の結果が発表された後は喜びに酔いしれる人々の姿がテレビで流されていました。

今後の現政権の動きに注目したいところです、が今週から小学校から高校までが夏休み入ったイタリアはもうほとんどバカンスモードなので、大きな動きが見られるのは9月以降となることでしょう。


原子力発電所の項目に関しても、そもそも、イタリアはチェルノブイリの事故を受けて一年後に国民投票で原子力発電所を閉じることを採決したという歴史があり、現在は足りない電力を原子力発電をしているフランスから電力を買っている、という事実はあるものの、今回もしっかり拒否したのはとても素晴らしいことだと思います。


日本で仮に今同じように国民投票が行われたとしたら反原子力派の意見が勝つのか疑問が残ります・・・。


ともかく、イタリアはやはり共和国(イタリアの正式名称はイタリア共和国)なんだなと改めて思わされた今回の国民投票でした。




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079 アッシジ

先週の木曜のイタリアは、共和国記念日という祝日でした。

こういう日付の際には、大抵のイタリア人は金曜に休みを取り連休にするので、世間一般の認識では4連休となります。(仮に出勤しても、どこも休んでいるので暇です)

そんな中、建築・デザイン雑誌 アビタ−レ (Abitare) 主催によるFestarchという建築祭が、トスカーナの右下にあるウンブリア州の町ペルージャ (Perugia) とアッシジ (Assisi) で開催。

その一イベントとして日本の女性建築家、妹島和世氏の講演がアッシジの町で行われ、それを聴講しに行ってきました。

震災後に彼女がどんなことを話すのか、とても興味があったのですが、震災に関してはほとんど触れられず、彼女の作品を写真を見ながら淡々と説明する、という形でした。

彼女のプレゼンが終わったあと、アビターレの編集長・建築家のステファノ・ボエリ (Stefano Boeri) が、『震災後の建築の役割とは何でしょう』 という抽象的な質問をしたのですが、その答えはあまり明確なものではありませんでした。

余談ですが、妹島氏は今回英語でプレゼン。
予算があまり出なかったのか何なのか、それをイタリア語に訳す通訳の人のレベルがあまりにも低くてあんぐりとしてしまいました。かなりざっくりと要訳しすぎる上に、妹島氏の建築物に関して全く予習していないのが丸分かり。分からない時は勝手に自分の解釈を加えていました。

手をあげて、代わりに通訳やります、と言いたくなるぐらいのレベルでしたよ・・・。



講演は1時間弱で終わり、その後はアッシジの町を散策。

アッシジの町を訪れるのは2度目で、以前訪れたのは9年前、復活祭の時期でした。
巡礼目的の人々で溢れ、平和な空気に満ちてたその時とは全く違う印象を受けたのは、僕がイタリアの多くの小さい町を訪れ、またキリスト教という勢力に対して不信感を持ち始めたからかもしれません。

それでも、聖フランチェスコの誕生の地であり、フランチェスコ派の総本山であるアッシジの聖フランチェスコ教会 (Basilica di San Francesco) は素直に素晴らしいと思えます。


教会内のジョットによるフレスコ画も見る価値のあるものです。



アッシジの街のドゥオーモである、聖ルフィーノ教会 (Cattedrale di San Rufino)。
ローマ時代の遺跡の上に建っていて、部分的に床がガラス張りになっていて遺跡が見えるようになっています。


中央入り口脇のライオンが人の頭を食べています・・・。

街の外れにはローマ時代のアンフィテアトロ(円形競技場跡)もあります。


ルッカの街の様に、ここのアンフィテアトロも今は住宅にとって変わっていますが、中央にも住居とそれを囲む道路が存在することです。
真ん中の壁の中は私有地のようで住人らしいシニョーラが水遣りをしていました。
・・・なんて贅沢な!


一通り見終わった後、町から降りてサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会 (Basilica di Santa Maria degli Angeli) へ。



この教会の特徴は、教会の中にポルツィウンコラ (Porziuncola) と呼ばれる小さいな教会があることです。


(author:Georges Jansoone@wikipedia)

教会の脇のから始まるアッシジの町まで続く道の舗装には、世界各地の信者の名前が入っていました。






今回は時間切れでペルージャの町は結局訪れなかったのですが、フィレンツェから意外と近い(鈍行列車で2時間弱)ことがわかったので、近いうちに行ってみようと思います。





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078 絵本コレクション1

さて、いよいよ今年も6月に突入です。

イタリアでは、先の日曜・月曜に、2週間前の全国市長選の延長戦(?獲得票数上位2名で再選挙)があり、政治的に影響力の大きいミラノとナポリでも、中道左派が勝利をあげお祭り騒ぎになっていました。

特にミラノは歴史的に右派の街なので、今回の勝利は相当価値のあることの様です。
しかもミラノはベルルスコーニの出身地。
ちょっと遊びが過ぎて流石のミラノ人もうんざりしてきたんでしょうね。

とりあえず、2週間後には下水道の私有化、原子力発電所の再開などの4項目に関して国民投票が行われるので、その結果次第で政局は大きく変化することでしょう。

この流れに乗って、現政権が倒壊してくれるといいのですが・・・。


さて、話は打って変わりますが、今回は僕の持っている絵本コレクションを紹介しようと思います。

もちろん絵本をコレクションしているからといって別に寝る前に毎日読んだりしている訳ではなく(・・・)、画集のような感覚で集めています。


まずはミラノの話が出たので、ブルーノ・ムナーリの 『Nella nebbia di Milano』。
(リンクは基本的に画像に貼っているので、興味があれば画像をクリックしてださい)




原題を直訳するとは『ミラノの霧の中で』ですが、邦題は『きりの中のサーカス』となっています。
ミラノは霧が多い事で有名なのです。
霧を表現した半透明の紙が使われています。

同じ出版社Corrainiから出ている、Aoi Huber-Kono(マックス・フーバーの奥さん)の、
『il grande pesce』 (直訳:大きな魚)



『Era inverno』 (直訳:ある冬のことでした)





同じようなサイズの絵本のイエラ・マーリ (Iela Mari : エンツォ・マーリの奥さん)の
『il palloncino rosso』 (邦題:あかいふうせん)


画像はちょっとあれですが、実物はもっと深い色をしています。

最近見つけて、同じ作家のものをまとめ買いしたのが、ポルトガル人女性二人組みIsabel Minhos Martins + Madalena Matosoの
『Quanti siamo in Cassa?』 (直訳:家の中ではどれくらい?)


『Quando sono nato』 (直訳:僕が生まれたとき)


『P di papa'』 (直訳:パパのP)


あと、リンクが見つからなかったけど
『Cuore di Mamma』 (直訳:お母さんのハート)


このウサギの男の子が主人公の絵本シリーズも色が奇麗で良いです。
作者はStephanie Blake。


しかし、この本は題名もストーリーもぶっ飛んでいるよなー。
『Cacca pupu'』って、直訳すると『うんち ぶりぶり』・・・。

ちなみにイタリア語の幼児語では
pappa(パッパ)=ごはん
Pipi(ピピ)=しっこ
popo(ポポ)=うんち

これにpapa'(お父さん、最後のAにアクセント)とPapa(ローマ法王、最初のAにアクセント)が並ぶのは興味深いと思う。

あ、pepe(ぺぺ)は胡椒です。



つぎは数年前に日本で買った夫婦イラストレータユニットtupera tuperaの絵本、
『木がずらり』 と 『魚がすいすい』。







どちらも蛇腹状になっていて、沢山の擬態語や擬音語に合わせた絵が描かれています。
1000冊限定だったので、Amazonなどで原価の5倍以上の値段がついていたのですが、最近増刷されたようです。



今回はこの辺で。

みなさんの何かお勧めの絵本があればぜひ教えてください。





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077 再びミラノ

先週は再びミラノへと。


ミラノ工科大 (Politecnico di Milano) の ピエロ・ボットーニ (Piero Bottoni) の書庫を訪れるのが表向きの用事でしたが、アポイントメントの前日にミラノ入りをしてAlva Noto+坂本龍一のコンサートにも行ったりもしました。

ピエロ・ボットーニはイタリア合理主義 (Razionalismo italiano) の建築家で、多くの建築物を残しているのですが、同時期に活躍したジュセッペ・テッラーニ (Giuseppe Terragni) やアダルベルト・リーベラ (Adalbelto Libera) などに比べると、あまり注目を浴びていないのは、もしかしたら彼がファシストではなくコミュニストであったからなのかもしれません。


イタリアの近代・現代建築を語る上で、合理主義建築は外せない要素です。
ここでもいつかはそれについて書こうと思ってはいて、今までに数多くの建築物を見てきたのですが、日本でも沢山の研究がなされている分野で、中途半端なことは書けないと思ってためらっている状態です。

その内、気が向いたら書きますね。


ピエロ・ボットーニの書庫での用事は意外と早く片付いたので、近くにあるトリエンナーレ・ボヴィーザ (Triennale Bovisa : ミラノトリエンナーレのボヴィーザ地区にある分館)を覗いてみました。



ここに付属のカフェで昼食を取り、今度は中心部にあるトリエンナーレの本館へ移動。

そこでイタリア人写真家ジョヴァンニ・キアラモンティ (Giovanni Chiaramonti) の 『L'altro_nei volti nei luoghi』 という展示を鑑賞。
イタリアに住む外国人達のポートレートと共にそれぞれの住まいで出身地の記憶が感じれられるものを撮影した写真を展示、というものでした。
その中にはある日本人女性もいましたよ。


その後、帰りの電車の時間までまだ少しあったので、ちょっと観光的なことをしつつのんびりドゥオーモ広場まで向かい、大聖堂の右脇にあるパラッツォ・レアーレ前の広場へ行ってみると、ミッモ・パラディーノ (Mimmo Paladino) の作品が設置されていました。


作品タイトルは La montagan di sale (塩山)。


しかし、よく見てみると何かがおかしい。


壊れている・・・。

先日、サッカーチームのミランが優勝した際、浮かれたミラニスタ達が山を駆け上ったり馬に乗ったりして破壊してしまったらしい・・・。

アーティストにしてみたら、とりかえしのつかないこと、なんじゃないでしょうか。

それにしても、24時間カメラで監視って書かれているのにも関わらず、こういう事が起こりうるのがサッカー狂の多いイタリアだよな、と思う。


その後、イタリア唯一のデパート・リナシェンテの地下一階にあるデザインブロダクトを扱ったフロアをひやかした後、駅へと向かったのでした。



仕事で行った割には、+アルファの部分が多かった旅行でした。





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076 トロンプ・ルイユ 4

こんにちは。

ここイタリアはすっかり夏。
海沿いでは既に海水浴(というより日焼け)に繰り出すイタリア人で賑わっているようです。

先週は普段あまり行く機会のない地区へ行く仕事で機会があったのですが、その際沢山のトランプ・ルイユを目撃したので、それを紹介しようと思います。







Via Montebello
こういう窓の下に隠し扉的なもの、のパターンが多いのは、多くの建物が半地下にカンティーナ(Cantina) と呼ばれる倉庫を持っており、地階(日本で言う1階)は路面レベルより高くなっているからだと思います。


Via Montebello



Via Pietro Toselli



Via Pietro Toselli
ここまで色が違うと、何のために擬態させているんだろうと思ってしまいますが・・・。
しかも取っ手もなし。


Via della Scala
小さい穴がたくさん開いているので、中にはガスの元栓とかカウンターがあるはず。


Via della Scala



部分詳細。



Via il Prato
ユートピア(理想郷)・・・。



Via Solferino



Via Amerigo Vespucci



Via Tiratoio



Borgo San Frediano



部分詳細。





Borgo San Frediano


今後、こういう街角写真を収集系の記事はカテゴリーを『建築要素』から『考現学』に変更しようかと思います。

考現学とは考古学に対抗して(?)作られた造語で、簡単に言ってしまえば、現代の事象を調査・収集して現代の研究をしようという学問です。




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075 ミラノ・サローネ 2011 その3

 (先週書いた記事を投稿し忘れていました。今回は連続投稿となります。)

先週の土曜日のフィレンツェでは、毎年恒例のノッテ・ビアンカ (Notte Bianca) というイベントが開かれました。

ノッテ・ビアンカを直訳すると『白夜』、要は夜遅い時間まで色々な催しが町中で行われるという日。

いつもはただブラブラしているだけなのですが、今年はノヴォリ地区で行われた岩手県大船渡市のためのチャリティイベント『tewo toriatte』のお手伝いをしました。

イベントの概要・様子は『tewo toriatte』のサイトにて後日更新されると思うので、見て下さいね。


さて、今回もサローネについてのレポートを。
ちょっと写真が多いので重いですが、これで最後にしようと思うのでご了承ください。



フオーリ・サローネの中心部、トルトーナ地区を揶揄したもの。
Tortona(トルトーナ)とTortura(トルトゥーラ=処刑)をかけていて、トルトーナ地区が商業的になりすぎ、見るものが多すぎで、疲れきってしまうことに対してのもの、かな。


ミケーレ・デ・ルッキ (Michele De Lucchi) の、使わないときはデコレーションにもなる鍋敷き。



子供向けの知的教育絵本などで有名なコッライーニ出版社 (Corraini) にあったパーティション。





ミラノの典型的な集合住宅(012 イタリアの間取り01を参考)を中庭から眺めたところ。




ただ広い空間に静かに回転する白く輝く馬。とてもシュール・・・。


近くでみるとキラキラしたものが散りばめられていました。



フェルト素材のようなものでくるまれたスツール。



タイの伝統的な凧の形のようです。



可愛らしい手摺のデザイン。



サローネの時期だけパニーノ屋になるビストロ。
上を見てみたら、日本とイタリアの国旗が合体したようなものを貼った箱が置かれていました。



スツール。
名前を度忘れしてしまいましたが、このイギリスの企業の木製のクラシック風な家具はどれも素敵でした。



Sekitei chair / Nendo / Cappellini
『石庭』チェア。


Thin Black Table / Nendo / Cappellini


これもNendo。影がとても奇麗。



下の4枚はスパツィオ・ロザンナ・オルランディ (spazio Rosanna Orlandi) にて。








スーツケースに収納して、旅行も引越しもそのまま運ぶだけ、っていうのは理想的だと思う。



トリエンナーレ・デザインミュージアムで開催中の『Le Fabbriche dei sogni』
スペイン人デザイナー、マルティ・ギシェ (Marti Guixe) がグラフィックを担当していて、眺めているだけでも面白い展示になっていました。


所狭しと、イタリアン・プロダクトデザインの過去の逸品が並べられていて、実際に触れたり座ったりすることもできる夢のような空間です。

(・・・物で溢れているので車椅子の人は通路が狭すぎて、この展示は見れないような気もしますが)



トルトーナ地区は例年よりも寂しい印象を受けたのですが、そのぶん写真のランブラーテ地区が賑わったようです。
偶然遭遇した知人や友人にどこがよかったか聞いてみると、みんな口をそろえてこのランブラーテ地区をあげていたので、最後の力を振り絞って行って来ました。






ここ一帯にイタリアらしからぬ、コンテンポラリーな素敵な建築物がいくつか点在していて
SOHO用のアパートもあったりするんですよ。

ちなみに、デサイン雑誌Abitareの本社もここにあります。



今年は全体的にパワーがなかったような気もしますが、それでもミラノはミラノ。
街は刺激になるようなもので溢れていました。

できれば、もっと仕事で訪れる機会が増えれば、と思います。




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