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037 バルセロナ3

更新するのが遅くなって、もうしわけありません。
ここのところ仕事でずっとフィレンツェに居ない日が続いていて忙しい日々を過ごしています。

今年のイタリアの6月は梅雨かと思う程に沢山の雨がふり、また気温も低かったのですが、ようやく30度を超える快晴の日が続くようになってきました。

待ち望んでいた暑さではあるものの、こうなるとイタリア人は頭がボーっとしたり、短気になったりするようで、あちこちで喧嘩をするのを見かけるようになるのも、また一興。


さて、前回の続き、バルセロナでの2日目の話。

この日の午前中は、サグラダ・ファミリアへ。
この教会が未完成なのは言うまでもないですが、昨今のテクノロジーの進化によって工事のスピードは格段にあがったと聞いているので、前に訪れた5年前よりもさぞ工事も進んだろう、と期待しつつ行ってきました。


教会内部。
柱そのものに色がついている上に、ステンドグラスを通った様々な色の光が当たって、色の洪水が起きていました。

内部を見学中ももちろん工事は進行中で、見たところ床の敷設をしていたので、工事は結構進んでいるんじゃないかと思います。


果物がモチーフの尖塔のひとつ。

・・・の作業をする人たち。

鳥かごのような物の中に閉じこもって作業をしていました。
足場からこの鳥かごの中へ入る為の梯子のようなものも何も見えなかったんですが、まさかロープで登るとか・・・?


サグラダ・ファミリアは実物を見るとものすごく感動するんだけれど、形が複雑すぎて記憶にあまり形として残らず、5年前と何が変わったのか少しも思い出せませんでした。


3時間くらいかけて、ゆっくりとサグラダ・ファミリアを鑑賞したあと、昨日の友人と合流して、スーパーでお昼を買って地下鉄に乗り、これまたガウディのグエル公園へ。


高台にあるグエル公園に行くには、かなり急な坂を登らなければならず、オープンなエスカレーターが設置されていました。

暑くて日差しが強かったせいもあるけれど、グエル公園は個人的にはあんまり・・・。



海のものをモチーフにした構造は面白いとは思ったけれど。


グエル公園をおりて、友人の友人と合流し、グラシア地区と呼ばれる界隈を散歩。

こんな細い路地が入り組んでいます。


面白そうなショップもちらほらと見かけました。


モデルニスモ建築。
(簡単に言うとバルセロナ版アール・ヌーヴォー)


ひとつ上の写真の建物脇にはこんな現代的な広場があったり。
この三角形の奥に向かってあがっているスペースの下はバイパスの入り口になっています。




グラシア通りにて。
後で調べて分かったのですが、これも伊東豊雄設計。


最後に。
パリに行ったときも思ったんですが、バルセロナでもかなり本格的なグラフィティ・アートを、どうやって描いたんだろうという所で見かけました。











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036 バルセロナ2

1日目午後。

午前中は語学学校に通っている友人と落ち合ってお昼を食べた後、
旧工業地帯で再開発が進んでいるポブレ・ノウ (Poble Nou = 新しい街) というゾーンへ向かいました。

地下鉄のグロリアス (Glories) の駅を出てすぐの所にあるのがこの高層建築。


ジャン・ヌーベル (Jean Nuovel) のトッレ・アグバール (Torre Agubar / 2001-2005)。


表面はガラスのルーバーで覆われています。
赤と青の入り混じった不思議な色は、この建築物の実際の壁の格子状のパネルによるもののようです。


水道会社の建築物なので、一階は水に関する展示があり自由に入ることができます。
内側も格子状の壁。


中心部に円状のエレベーターやトイレなどのあるコアがあり、それに沿うように水を挟んで設置された地下に降りる階段。

階段の側面は垂直ではなく、等高線のある建築模型のように下に向かうにつれ少しずつ層がせり出していました。


詳細不明。分かり次第更新します。



これは、周囲の建築場場のための発電設備を設置する為の場所のようでした。



詳細不明。分かり次第更新します。



カン・フラミス美術館 (Museu Can Framis, Jordi Badia/BAAS architects)


基本的にはミニマルなのですが、コンクリートで色々なテクスチャーを作って遊んでいたり、建築的にも様々な要素をあちらこちらに盛り込んでいて、個人的には好きです。


隣接する建物との共有スペース。
煙突は旧工場のなごり。



この日はあいにく休館日だったのですが、
こんなものでいいの?と思うような網状の柵で閉じられてるだけでした。


建物は道路のレベルよりかなり下に設けてあって、まわりを緑に囲まれています。


これも詳細不明。分かり次第更新します。


入り口。


これを見てあるものを思い出したのでポブレ・ノウの街角で写真を一枚。


思い出したのは、このホテルの窓から見えたこの建物。
この階段室がファサードの中央にあって、最上階で飛び出るというのは典型的な解決策なのかな?


ドミニク・ペロー (Dominique Perrault) のHabitat Sky Hotel (1999-2008)。


覚え違いかもしれませんが、プロジェクトの段階の小さい円状の窓に包まれているイメージを想像していたので、正直がっかりしました・・・。


ヘルツォーグ&ド・ムーロン (Herzog & de Meuron) のフォーラム (Forum)。
バルセロナのグリッド状の整然とした町並みを唯一斜めに数キロ走るディアグナル通りが海にぶつかる所にあり、三角形の平面をしています。


三角形の構造体は緩い斜面になっている敷地から浮いていて、それを下から見たところ。
こういう切込みがあちこちに入っています。


威圧感がある訳でもないのですが、とりつくしまのない、というか何だか無言にさせられる建築でした。




上のフォーラムの手前にあるコンベンション・センター。
これも詳細不明。分かり次第更新します。


脇のオープンスペースには、青く彩色された砂利が敷き詰められていたのですが、
そんな現代建築の立ち並ぶ中、初老の男性二人組みがバグパイプを練習していて、その可笑しな組み合わせに思わず笑ってしまいました。



もう1回バルセロナの話が続きます。





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035 バルセロナ 1

イタリア人の友人が2009年の休暇を消化する為に、バルセロナへ1ヶ月(!)のバカンス兼語学留学に行ったので、訪ねに行ってきました。

バルセロナに行くのは実に5年ぶり。
さぞかし街の様子が変わっているだろうと、期待に胸を膨らませて行ってきました。

ちなみに、Ryanairという格安航空会社を利用したので、移動費は往復で約80ユーロ (一万円弱)。

前回バルセロナを訪れた時にガウディの作品はほとんど見たので、今回の旅は現代建築メインの旅でした。

視察した建築物をざっと紹介します。

一日目午前中。
ホテルがサンツ駅前だったので、そこからまず西の方角へ。


最初の目的地は、イギリス人建築家ディビッド・チッパーフィールド (David Chipperfield) のバルセロナ裁判所。(2002-2009)


連結部分では、人の行き来が半透明に見えて何だか未来的です。


上の写真の裏側。
・・・チッパーフィールドのこの建築は、イタリアの合理主義建築とか、アルド・ロッシ (Aldo Rossi) やジョルジョ・グラッシ (Giorgio Grassi) を思い起こさせます。


入り口を脇からみたところ。
スペインの建築には、水平の構造体の上に建物の名前が立体になってついていることが多い気がします。


連結部分のファサード拡大。
この金属の網は上下部分のみが留められていて、風が吹くたびに揺れていました。


街路樹の植え込みスペース。
照明の無いバージョンもあり。

遠めに見覚えのあるものが見えたので、ここから更に西へ西へと歩いて行きました。


小学校の塀。
コンクリートに色が直接塗装されているようです。


ロータリー上のちょっとした広場。
この小さいブロック状の植栽(?)が斜面に利用されているのを初めてみました。


妖怪の『百目』のような禍々しい感じの建物が・・・。


近くでみるとそう変でもなかったです。

これは伊東豊雄のプロジェクトで、左側の不思議な形の赤い棟がホテル、右側の直方体から赤い筒が少し飛び出ている棟にはオフィスがつまっています。

ホテル等の赤い部分には、筒状のものが一定間隔で貼り付けられていました。

完成したばかりのようです。


二つの棟は一階部分天井の有機的な形をした構造体でつながれています。


交差点を挟んで反対側。これも伊東豊雄。
バルセロナ見本市・グランビア会場 / エントランスホール・パビリオン 1 (2003-2007)

中には入れなかったので外側のみで判断するのも何ですが、建築自体は、うーん・・・という感じ。
ガラス越しに見えた柱と天井の接続部分が興味深い意匠をしていました。


オープンスペースまでしっかりデザインされていて面白かったです。
噴水・・・?


連結して色々な形に配置されたベンチ。


街路樹の植え込みスペース。


見本市会場の柵。
直径10cmくらいの筒で出来ています。


筒の高さに変化を与えたバージョン。


遊技場の柵までも・・・!
少しやりすぎかな。


上の写真の遊技場のある広場に面した集合住宅。


その反対側(というよりこちらが正面)
とてもオランダ建築っぽいです。

この建物を見て思ったのですが、イタリアに比べると窓などの開口部小さいような気がするので、スペインでは彩光や通風の建築基準が緩いのかもしれません。


上の集合住宅の前の道路を挟んで反対側にあったショッピングモール。
外見は工場か何かと思うほど素っ気無いのに、中は無駄に豪華でした。

この時点で13時をまわってしまったので、街の中心部へ引き返しました。


再び裁判所。
この角度からが一番良いかも。
この微妙な建物の色のおかげで、周りの集合住宅群にうまく溶け込めている気がします。



上の建物脇のロータリーの街路樹。
こんな幹の膨らんだユーモラスな樹木が街路樹に利用されているのを始めてみました。


上の木の実。


次回に続きます。





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015 アムステルダム3

アムステルダムレポート3回目。

今回は鹿児島から更新です。

手元に資料が不足しているため、後日イタリアに戻った後に訂正や追加などあると思いますのでご了承ください。


アムステルダム中央駅裏からフェリーに乗ること数分。

向こう岸について少し歩くとレム・コールハース (Rem Koolhaas)率いるOMAがマスタープランを担当した区画にたどり着きます。

2棟の集合住宅(202戸の住戸)、店舗、教育機関、ジム、屋外遊戯場からなります。


この棟は地階がピロティになっていて、その開いたスペースに店舗や教育機関などの住居以外の施設が設置されていて、道路も下を一カ所走っています。


しかし、エントランスがとてもユニークです。

なぜか船を思い起こさせられるメカニックなデザイン。


非常階段。


ふたつの棟の間のスペース。

二つ目の棟のエントランス。



次に紹介するのがMVRDVの『100戸の老人用集合住宅』です。

アムステルダム市街から自転車にのって、緑豊かな公園や池を横目に西へ西へと行くと、何の変哲もない集合住宅が建ち並ぶ地域にこの独特な集合住宅は現れます。


アムステルダムを訪れた目的のひとつがこの建築物と言っても過言ではないぐらいだったのですが、

写真でさえ迫力がある10メートル以上飛び出る建築物は、実物では圧巻の一言でした。

都市計画法により87戸のみ建設可能だった土地に100戸建設するために、残りの13戸をキャンティレバーで(敷地外に?)宙吊りにするという豪快な策をとった結果、こういうプロジェクトになったとのことです。(でもそうすると、このヴァン・エーステレンによる都市計画では、住戸一戸あたりの面積もしくは総面積に関しての規制はなかったということでしょうか?)


北面。

この先に何もない野原が広がっているからこそ、10メートル超の突出物が引き立つのだと思います。


南面。ここを訪れたのは、オランダにしては珍しく気温があがり(ホテルの人談)、天気もよく緑のまぶしい夏の日だったのですが、このカラフルでリズミカルな集合住宅は寒さの厳しい冬の日こそ効果が発揮されるのではないかと思います。


南西のエントランスのあるピロティ。

接続部分拡大。


さて、以降に載せる写真は、もはやどこで撮ったかも覚えていないのですが、面白かったので載せておきます。

詳細は不明。



最後にもう一枚。


水上に浮かぶ家。

オランダならではの光景だと思います。


温暖化で海水面上昇が心配されている今現在、水上に浮かぶ家は案外売れるかもしれません。



これで、とりあえずアムステルダム編は終了です。



014 アムステルダム 2

 前回のために写真を探していたところ、記憶していたよりも多い写真が出てきたので
引き続きアムステルダム編でいかせて頂きます。



ボルネオ・スポールンブルグ島の北に位置するKNSM島。

ここは、ボルネオ・スポールンブルグ島とは橋でつながっているので、もちろん自転車で行きました。

もともとは、アムステルダム港の一部であった場所で、
再開発のマスタープランはヨー・クネン (Jo Coenen) が担当。

ボルネオ・スポールンブルグ島の小さい住戸が立ち並び、整然としたある種日本的な風景とは打って変わって、こちらは個性的な造形の建築物が立ち並んでいます。

マスタープランを担当したヨー・クネンもその立場をうまく利用したのか、島の最東端という好立地に円形の集合住宅を設計しています。


ヨー・クネン棟 (1995)


中庭。


その円周に沿って走る道路の外側にも、数棟が等間隔に配置されています。


上の棟を横から撮ったところ。窓からの眺めは相当いいと思います。





同じくKNSM島にあるハンス・コールホフ棟 (1994) 。
設計はドイツ人建築家のハンス・コールホフ (Hans Kollhoff) 。

変則的な形をした二つの棟からなっています。
島に渡る橋から撮影。


上の写真の裏側。

窓が横にスライドしつつ半分に折れるという独特の開き方をし、
居室ではなくベランダ的な空間に接しているようです。

左手の建物はおそらく既存の建築を保存したものです。

左側の別の棟。

ガラスに覆われた部分はベランダなのですが、ロッキングチェアに座って編み物をしているお婆さんや遊んでいる子供が丸見えで、びっくりするくらい生活感丸出しでした。

ふたつの棟が接する部分。



この宙に浮いている階段は多分、非常階段。


ヨー・クーネンの円形集合住宅よりもこのハンス・コールホフ棟の方が、余程オランダらしいと思えるのは、素材が港町を想像させるからでしょうか。



同じくKNSM島。

設計者はわからないのですが、個人的にはこの一層のみの集合住宅がとても気になりました。

おそらく、リノベーションされたものだと思います。



窓の分割のされ方とか、各棟に入るためのはしご階段のようなものがとてもツボです。


そして、これはKNSM島ではなくボルネオ・スポールンブルグ島にたつ複合施設。
塔の部分がアイ・タワー、低層部分はショッピングセンター”ブラジル”。
設計はノイトリング・リーダイク (Neutelings Riedijk_1998) 。

KSNM棟から戻る橋上で撮影。



アイ・タワーは26階建てで、地下に駐車場、地階に店舗、そして上層部が住戸となっていて、68戸、20タイプの住戸が内蔵されています。

低層部分の”ブラジル”は、古い倉庫を古い鉄骨屋根を残してリノベーションしたもの。



そして、これもボルネオ・スポールンブルグ島に建つ、ホエール (The Whale)。
設計はフリッツ・ファン・ドンヘン (Frits van Dongen)。

鯨という名前の通り、独特な形をしています。


メイン道路に対してした部分が大きく切り取られていてポーチになっていて、
そこを潜り抜けると中庭が現れます。


部分拡大。意外とシンプルです。




今回は、この辺で。
イタリアではなくオランダで申し訳ないのですが、多分もう1回ぐらい続きます。



それでは、来年またお会いしましょう。
みなさん、よいお年を。

Buon anno!





参考文献:ヨーロッパ建築案内 渕上正幸著 TOTO出版

013 アムステルダム



先週末は、フィレンツェでも雪が降りました。

フィレンツェは、冬は湿気があり、骨にしみいるような寒さなのですが、雪が降ることはあまりなく、前に積もったのは2005年のことらしいです。

雪は一日で止んだのですが、そのあとも悪天候の日が続き、鉄道の復旧にだいぶ遅れが出ているようです。(降雪からもう既に3日経っているのですけれどね・・・)

僕が今住んでいる家は、壁が15センチくらいと、とても薄く、しかも最上階であまり保温性がよくないので、外気の零下9度では暖房もほぼ無力でした。

特に寝室にしている部屋は、3方どことも壁を共有していないので、熱がだだもれなのです・・・。

こういう状況になると、冬は半袖で過ごしたミラノの家をなつかしく思います。

光も全く入らないので、壁にはったポストカードが湿気て見事に反っています。↓



さて、本題に入ります。

今回は、009 ビエンナーレ 二日目の時に名前だけ触れた、アムステルダムのボルネオ・スポーレンブルグ島(Borneo-Sporenburg)の写真を掲載しようと思います。

1997年のプロジェクトなので、今から12年前の、少し前のものになりますが、今見ても十分興味深いプロジェクトではないかと思います。


ボルネオ・スポーレンブルグ島はアムステルダム中央駅の東部に位置し、島といっても、本土とは運河分の距離だけ離れているだけで、道路でつながっています。
下の地図の、東西に伸びる4本の櫛のうちの真ん中の2本がそれにあたります。


大きな地図で見る


オランダは、運河と自転車の町で、街の郊外まで自転車道が整備されてるのでとても移動しやすく、僕も自転車をレンタルしてボルネオ・スポーレンブルグ島まで移動しました。

島までの道。




=以下は(参考文献:ヨーロッパ建築案内 2、渕上正幸著、TOTO出版)を参照=

このエリアのマスタープランを担当したのは、ウエスト8(West8)という建築事務所で、彼らのマスタープランを元に招聘された20の建築家チームにより、設計が行われました。

ウエスト8は、この20の建築家チームに対しての提示は、以下の通り。

『建築面積の半分をオープンなヴォイド空間としてデザインすることを規定し』
『材料の規定も行い、同種のスティール、レンガ、木の使用を義務付けた』

23haに2300戸(1haあたり100戸)の住戸を配する計画。

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以下に写真を列挙します。

少し数が多いですが、上の規定をそれぞれのグループが、どのように解決したのかを考慮しながら、見てみると面白いと思います。





















運河に面した家々のほうが、興味深い造りをしている気がします。
各家庭がそれぞれボートを持っていて、直に家に入れるようになっているのは、この場所ならではです。





日本でいうところのニュータウンのようなものだから仕方ないかもしれませんが、確かに参考文献が指摘するように、パブリック空間の無味乾燥な感じは否定できないと思います。

また、通りを歩いていると、例えば日本の公団住宅の棟の間の、パブリックだけれどプライベートな空間を歩いているような感じで、なんだかいたたまれない気持ちになったのを覚えています。

オランダでは、プロテスタントという文化的に、寝るとき以外はカーテンを開けっ放しにして、家の中が外からも見えるようにするらしいので、なおさらです。



日本の集合住宅は現在、どのようになっているのでしょうか。

次回、日本に帰国するときには、東雲キャナルコートCODANのプロジェクトでも見に行ってみようかと思います。
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